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2016年03月21日

キノコ



 おまえ、キノコ採りやってたよな。キノコ持ってきたから、美味い食い方を教えろよ。教えてくれたら三分の一あげてもいいぜ。馬鹿野郎、半分もあげられるか、うちは男ばかり三人の子供がいるんだぞ。ほら、大きなビニール袋いっぱいだし、結構あるだろ。三分の一でも結構な量だって。
 キノコ採りが危ない事くらい解っているって。素人の俺がにわか知識でやろうなんて思わないし、怖くて手を出すつもりもないって。だけどよ、これは大丈夫なキノコなんだ。達人に貰ったもんだからな。

 Sキャンプ場って知ってるよな。県境のあたりにあるキャンプ場なんだけど、先週の土日に家族五人で行って来てさ。あのキャンプ場は湖畔に面した所で、湖面に山が映って見えるいい場所らしいんだよ。ほら、ちょうど紅葉が綺麗な時期だろ。かみさんも子供も喜ぶと思ってね。
 まー、到着するまで、車の中がうるさいのなんの。暴れてうるさい上に、あと何分って何度も何度もに聞いてくるんだよ。うるせー、帰りたいのか、って怒鳴ってビビらせたらピタッと黙ったけどな。やっぱり、男三人兄弟ってのはほんとうるさい。もうこういうもんだと理解しているのし、慣れてしまったのもあるけど、人の迷惑になっているんだなと思う時は確かにあるね。仕方ないと思って、もう目をつぶってしまっているけど。

 キャンプ場に到着したら、やっぱり綺麗だったよ。まだ紅葉は色がつき始めたばかりだったけど、湖面に映る山が綺麗だった。かみさんも子供も感動していたみたいで、連れて来た甲斐があったよ。
 受付を済ませて、テントを張れそうな場所を探したんだけど、人が多くて場所がなかなか見つからなくてさ。俺も悪かったんだよ、この時期に混むのは目に見えているから、もっと早い時間に到着するように出発すべきだったな。でも、よくよく探したら、ソロキャンプしている人の横に張れそうなスペースが見つかったの。ここに張らせてもらってもいいですか、って挨拶しに行ったんだけど、40台半ばくらいの人かな、まぁ断る人はいないわな。いいですよってんで、隣にタープとテントを張り始めたわけ。

 テント張っている最中も、子供たちは手伝わないくせにうるさくすんのよ。こっちは一人でテントを張るのに手一杯なのに、ギャーギャーわめきながらマツボックリの投げ合いをしたり、一番上のが下のをぶっ叩いて泣かせたりすんの。
 ファミリーキャンプだとこういうのはありがちだけどさ、隣はソロキャンパーだから、うるさくしたら不愉快だと思うでしょ。俺もソロキャンプした事があるから解るんだけど、ちらっと見たら、やっぱり渋い顔してた。
 隣にいって、すみません、男子供三人なので少しうるさいと思いますって言ったら、ニコニコして、いいですよ、年頃なのだから当たり前ですよって言ってくれたけど、ありゃあ顔が少し引きつってたわ。でも、どうしようも出来ないからな。我慢して貰うしかないんだよなあ。

 夕食はバーベキューだね。キャンプに来たらうちはいつもこれ。何てったって親が楽だし。肉と野菜を準備したら後は勝手にどうぞだから。俺はビールを飲みながら、ほっとくだけでいいだろ。もう楽チン。
 そりゃね、男子供3人だから戦争状態よ。肉の取り合い。野菜なんて食うわけないでしょ。焼けた肉の取り合いをしたり、焼けすぎた肉のなすりつけ合いをすんの。
 当然うるさいに決まってる。うるさいのは解っているからさ、一応これでも隣に気を使っておすそ分け持って行ったの。とうもろこしとタマネギの焼いたやつ。肉はもう無かったから。少し焦げてたけど、あれが残り物で一番上等なやつだったかな。そしたらニコニコして、ありがとうございます、ありがたく頂戴しますね、って言ってた。

 まず野郎どもは寝るまでうるさいね。テントに入ってもしばらくはギャーギャーやってる。俺はテントの外でゆっくり酒を飲んでて、おまえらうるせーぞ、って何度か大声で注意したけど、あんまり効果なかったかな。
 子供たちが寝静まった頃に隣にいって、今日はすみませんでした、折角キャンプしに来ているのに迷惑かけてしまってすみません、って一応謝っといた。俺にしては、これでも気を使ったほうだと思うぜ。

 翌朝、気づいたら隣のソロキャンパーは居なくなってた。ちょっとほっとしたかも知れない。
 このキャンプ場は、チェックアウトの時間に決まりがないようだから、俺らは昼過ぎまでゆっくりしてたかな。
 そしたら、例のソロキャンパーが来たんだよ。
 昨日はおすそわけありがとうございました、私はキノコ採りに来ていたので、早朝からキノコ採りに行っていたんです、って。沢山採れたので、私もおすそ分けしようと思って、って言って白いビニール袋いっぱいのキノコを凄いニコニコした顔でくれたのよ。
 人には丁寧に対応して、親切にしとくもんだね。それで、この袋いっぱいのキノコを貰ったわけ。

 で、このキノコはどうやって食うのがうまいの。まずは、袋開けて見てみ。この茶色いのはバター炒めとか美味そうだな。キノコ鍋なんてのもいいんじゃないの。どうしたの。真剣な顔して。  

Posted by epitaph at 11:37Comments(0)

2016年03月19日

キャンプフェス



 それにしても、こいつらは本当に馬鹿だな。
 俺の会社ではこうしてキャンプフェスを毎年開催しているが、このつまらんイベントの為にこいつらは遠隔地からわざわざ参加しに来る。何とも笑えるのが、このイベントに参加する事で、自分が特別なキャンパーなんだと思い込んでいる事だ。滑稽を通り越して笑えてしまう。
 参加しているこいつらは、いわゆるうちの会社の信者というやつなんだろうけど、こっちは商売なのだという事を理解していない。イベントに参加して、うちの社員と交流させるだけで、特別な何かを得たつもりになっているようだが、うちの社員はアウトドアの達人でも何でもない。いつもデスクに座ってエンピツを舐めながら営業活動をしているだけの、ただのサラリーマンだ。
 うちの社員にマイクを持たせてイベントでしゃべらせているが、こいつらは芝生の上で正座をするかのごとく背筋をピンと伸ばし、神妙な顔をしてこれに聞き入っている。時々うんうんと頷きながら聞いているのが居たり、メモを取っているのも居て、ふき出しそうになる。

 このイベントでは、うちの社員を集め、イスを持って参加者のテントを回らせて交流させている。これの評判がいい。××さんと今年も交流した、などと喜ぶのだ。中には、××さんに会う為に今年も来ました、なんてのも居る。おいおい、ただの社員なんだぞ。中にはアルバイトも居るというのに。
 うちの社員もその気になっているのが居るようだが、こいつらと迎合しているようなのは駄目だ。この会社が必要としているのは、下らん商品であっても、さも価値のあるもののように思い込ませ、付加価値をつけて売りまくる能力なんだ。商品が売れれば売れるほどうちの会社の名前も売れる。ブランディングが進むことによって、値段も高めに設定しても、むしろそれが価値なんだと有難がって買ってくれるようになる。物を売るんじゃない、物に付随するブランドという概念に値札を付けて売る。その概念を、イベントに来たこいつらに刷り込むのが、うちの社員の役割なんだ。

 それと社員にカメラを持たせ、こいつらのテントを撮らせている。後で小冊子にしてフリーペーパーとして配布するのだが、これを意識して立派な道具を揃えてやってくる。中にはおしゃれに命をかけているようなやつもいて、キャンプをしに来ているのか、道具を見せびらかしに来ているのか、一度聞いてみたい。たぶんこいつは、キャンプが好きなのではなくて、自慢するのが好きなんだろうが、こういうのがいいお客さんなんだ。大歓迎だ。
 テント周りは立派なのに、服も靴がヨレヨレのやつもいる。このアンバランスさがまた面白い。うちは服は売ってないからな。

 うちの商品の販売ブースも大々的に設けている。このイベント限定アイテムと称して、色を変えただけの道具を売るが、これの売れ行きが良い。もう持っているけど色が違うと物欲がナンタラ、とか言ってこいつらは買っていく。こっちの思うつぼだという事を解っていない。お買い上げありがとさん。
 そういえば、今年販売したあの商品は面白かった。チタンのタープポール、これだ。商品企画の段階では、こんなファミリーキャンプサイズのタープポールをチタンにして軽量化する事の無意味さに社内全体が笑った。しかし、うちの商品のチタン化シリーズはチタン化の意味がない道具をチタン化しても売れまくっているのだから、このタープポールも馬鹿が買うだろうと商品化したら、案の定飛ぶように売れている。価格設定もひどいものだったが、うちが儲かれば何でもいい。ネットでこの評判を調べると、チタンになった事によって軽量化と強度がどうの、とレビューされており、まんまと騙されているのを見てはニヤニヤが止まらない。
 チタンシリーズはドル箱商品だ。販売ブースでも広めのスペースを確保して陳列し、人とは違った高級感を、プレミアムな軽量化を、などと文句をつけて売る。イベントで財布の紐が緩んでいるこいつらは、手に取っては軽さに驚いて買っていく。こんなもんを軽くして何の意味があるんだという疑問を何故抱かないのか理解出来ないが、そんな疑問を持たないからこの馬鹿な商品が成り立っていると考えると、馬鹿でいてくれてありがとうとお礼を言わずにいられない。ありがとう。

 こんな整備されたキャンプ場に来て、自然を満喫している気分になっているらしいのも、また面白い。イベントで芋の子を洗うようにテントがひしめく環境で、自然が満喫出来ているし、くつろげているらしい。アウトドアライターを呼んで講演させたり、ミュージシャンを呼んで演奏させて散々騒いでいるが、こんなうるさい環境でもくつろげるのか。
 いい事を思いついた。「うるさい都会を離れて、自然の中でのんびりすごそう」これを来年のキャッチコピーにしてみるか。皮肉が利いてていいだろう。  

Posted by epitaph at 11:20Comments(0)

2016年03月16日

H野営場のトイレ



 わたしは汚いトイレが苦手だ。物理的に汚いのも嫌だし、雰囲気が汚らしいのも嫌いだ。汲み取り式のトイレはもってのほかで、臭いを思い出すだけでクラクラする。和式も得意ではないし、洋式の水洗でウォシュレットがいいと思っていても、そんなキャンプ場はなかなかない。
 今日も彼に連れられてH野営場というキャンプ場に来ている。このH野営場のトイレは汚いというほどではないが、綺麗な方でもない。野営場という名前にしては、綺麗な方だと思う。和式ではあるけれど、汲み取り式じゃないし、水洗なだけでもありがたい。それでも既にこのトイレ問題を考えるたびに、気分が落ち込んでしまう。普段生活する上で潔癖症だと思う事はまずないのだけれど、問題はトイレだけに限られている。
 キャンプなんか行かなければいいじゃないと言われた事もある。でも、彼がキャンプ好きだし、わたしもトイレ問題を別にすれば大好きだから、やっぱり一緒に行きたい。高規格のキャンプ場ならトイレの心配はないけれど、彼はあんなのキャンプじゃない、なんて言うから行く機会もあまり無い。
 彼もわたしの事を考えないでキャンプ場を選んでいる訳ではなくて、事前に綺麗そうな所を選んではくれている。わたしが我慢出来る守備範囲が狭いから内心嫌がっているだけで、一般的に考えれば、かなりマシなキャンプ場を選んでくれている。満足するトイレのキャンプ場にはなかなか巡り合えないけれど、彼のこういう心遣いが本当にうれしい。

 情けない話だけれど、キャンプ中は水物の量はセーブしている。トイレに行きたくないからだ。
 食事の調理担当であるわたしは、なるべく汁物の食べ物は作らず、ご飯物中心に献立を組み立てるようにしている。寒い時は、暖かい汁物が欲しい気分になるけれど、そういう時は辛い食べ物にしたりして調節している。
 彼と一緒にお酒も飲んでも、ほどほどにセーブしているし、お茶やコーヒーも一杯程度に控えている。
 こんな馬鹿馬鹿しい努力をしても、夜に2回、朝に1回は必ずトイレに行ってしまう。トイレに向かう時の憂鬱な気持ち。我慢するしかない。
 夜ごはんを食べて、お酒を少し飲んだ。ランタンの光に照らされて、タープの下で彼とゆっくり話をする。彼は聞き役にまわって、わたしが話している事がいつも長いような気がする。

 そろそろ寝る時間なので、寝る前にトイレに行こう。深夜にトイレに行きたくなって目を覚ましたりしても怖くて行けないし、その状態で朝まで我慢するのも嫌だから、寝る前に必ず行くようにしている。
 ヘッドライトを頼りにトイレに向かって歩いていくと、10メールほど先に、同じ方向に向かって白い服を着た女の人が歩いていくのが見える。どうやらこの人もトイレに行くようだ。何とも髪の毛の長い女の人で、夜にあっても髪がツヤツヤ黒光りして、腰まで届くかという長さだ。歩く動きに合わせてその長い髪も左右に揺れている。あまりキャンプっぽくない服装だなぁと思ったけれど、こういう人も中には居るんだろう。
 何かおかしいと思ったら、この人はヘッドライトもハンドライトも持っていない。暗い中を早足で滑るように進んでいく。トイレまではそんなに距離はないものの、行けば明かりもついているからだろうか。きっとこの人は、このキャンプ場に慣れているんだろう。早足なのも、わたしと同じで我慢してからトイレに行く人なのかも知れない。

 女の人は、やっぱりトイレに入っていった。すぐ先でトイレのドアがばたんと開く音がして、その奥でガチャリと鍵が閉めらる音が続いてした。H野営場は沢山の人が同時に使うのが想定されていないようで、女性用トイレは1個しかない。そして冬は雪深い場所だという事もあって、雪が内側に入り込まないように、トイレのドアは二重になっているようだった。外側のドアは鍵無しで、内側のドアが鍵付きの構造になっている。この二重構造は、用を足す時は外から一切見えなくなるし音も漏れないから、気分的にも安心だった。
 トイレの外で、先に入った人が出てくるのを待つが、なかなか出てこない。夜の冷えもあるし、辺りは暗くて怖いし、トイレの嫌悪感もあるし、とっとと済ませて戻りたい。
 
 5分も待っただろうか。わたし以外にもトイレに行きたい人がやってきて列に並んだ。我慢しながら待っていると、少しずつ行列がのびていった。
 わたしの後ろに3人が並んだ所で、わたしの次に並んでいる人が声をかけてきた。中の人がなかなか出てこないのに痺れを切らし始めたようだった。
「わたしが並ぶ直前に中に入っていきましたが、もう10分近く待たされているんですよ」
 わたしも変だと思いながら並んではいるが、10分も待たされるのは、かなりおかしい。女の人というのは、何でこんなに時間がかかるんだ、というほどトイレの個室に入っている人も居る。とは言っても、ここは居心地の良いトイレではなく、キャンプ場の和式のトイレだ。個室にこもるとしても限度がある。わたしだったら、このトイレに1分と入っていたくない。
「一回、ノックしてみた方がいいと思いませんか。もう4人も並んでいるんですし」
「そうしましょうか。ちょっと待ってて下さいね」

 外側のドアをノックする。少し反応を待ったが、ノックも返ってこないし、声もしない。もう一度ノックする。今度は強めにノックした。反応はない。
 内側の方のドアをノックするしかないか。
 ギイ、ときしむ外側のドアを開ける。内側の個室のドアをノックしようと思っても、個室のドアは開かれたままで、中には空っぽの薄暗い個室に和式の便器がポツンとあるだけだった。  

Posted by epitaph at 16:01Comments(0)

2016年03月15日

シュラフの中の酸欠



 冬のキャンプにおいて、テントの中の酸欠問題は気をつけようというのは良く聞く話だ。冬のキャンプではテントの中で暖房器具を使う事もあるし、調理用の火を使う事もある。積雪の量次第では外からテント内への酸素供給量が少なくなるという事もある。必然的にテント内の酸素濃度や一酸化炭素に気をつけねばならなくなる。

 酸素濃度については、どういう時に酸素濃度が下がるのか、火を使う際に酸素濃度が低下しているとどの様な現象が起こるのかを理解しておく必要がある。
 一番気を付けねばならないのは、テントのベンチレーションが機能しているかという点で、空気がどこから入りどこから排出されるのか、その流れを意識して持続させなければならない事だ。テント設営後に雪が積もって口が塞がれ、ベンチレーションが機能しなくなるというのも良く聞く話だ。降雪が激しい場合は、テントの周りを何度か除雪しなければならなくなる事もある。つまり、常に空気が取り込まれは出て行く環境を守ってキャンプをする事が重要だという事だ。
 では、酸素濃度が下がるとどの様な事が起こるのか。酸素濃度が低下した状態で火器を使うと、不完全燃焼によって一酸化炭素が発生する。この一酸化炭素で中毒症状を起こしてしまい、場合によっては死ぬ事もある。一酸化炭素中毒は、薪ストーブや炭を使う人の中では常識だが、普通のガスストーブや灯油ストーブでも同じように気を付けねばならない。
 その理屈はこうだ。物が燃焼するには酸素が必要で、物が燃えた際には炭素と酸素が結びついて二酸化炭素が排出される。酸欠環境にあると、酸素の供給が足りずに二酸化炭素ではなく、炭素と酸素の化合物は一酸化炭素として排出され、これが中毒症状をもらたす。薪ストーブや炭を使っていなくとも、何かを燃焼させるという事が一酸化炭素中毒のリスクであるという事だ。
 一酸化炭素中毒は自覚症状が薄い為、気付いた時には既に危ない状態になっている事が多いという。本当に気を付けねばならない。携帯用の一酸化炭素警報機も売っているので、テント内で火器を使い続けるようなキャンプをする場合は持っておいた方が安全だ。当然ながら私も持っている。また、酸欠状態で燃焼している時の炎の色が青ではなく赤になる点でも観察する事が出来るので、これも知っておいて損はないだろう。

 今日は久しぶりに妻と二人で雪中キャンプに来ている。私は雪中キャンプが好きだから良く一人で行っているが、妻は寒いのが嫌いだというので、殆ど連れてきた事はない。今回は珍しく一緒に行きたいと言い出して少し驚いている。しかし二人きりでテントの中で過ごすのも悪くは無い。
 今は大した降雪はないが、深夜に向けての積雪量が凄いというニュースがラジオから流れている。今日来ているTキャンプ場は通年利用出来るキャンプ場だが、ニュースで激しい積雪になる事を煽っている為、私たち夫婦を含めて2つのテントしか張られていないようだった。この状況でやるという事は、私たち夫婦は物好きなキャンパーという事になる。

 夕食は、テントの前室で鍋をする。広々とした前室ではないが、大人二人が座ってゆっくり出来る程度の広さはある。ここにテーブルとイスを配置し、反射式のストーブで暖をとってぬくぬくしながら鍋をつつくのだ。
 キャンプでは、私が調理担当なので材料の準備から調理までを行った。今回はきりたんぽ鍋だ。私の住む関東ではあまり売っていないが、これは出張で秋田に行った際におみやげとして買ってきたものだ。比内地鶏のスープに根付きセリ、そしてきりたんぽ。体が温まる上に腹も膨れる。燗をつけた日本酒との相性も最高だ。酒が旨くて、どんどん飲めてしまう。あっという間に一升瓶の2/3ほども無くなってしまった。
 酒に酔ったのか、妻の頬もピンク染まって、心なしか目も潤んで見える。私たちは30過ぎの夫婦で子供も居ないが、妻への愛情が薄れた訳ではない。出張の多い私に代わって家を守ってくれていて感謝しているし、愛情だって感じている。照れくさくて決して口には出せないけれど。

 テントをサラサラと叩く雪が強くなってきた。テントの中に居るとストーブで暖かいし、外の様子が殆ど解らない。テントを設営してからだいぶ時間が経っているから、一度積雪の様子を見た方が良さそうだ。フライを開けて隙間から覗いて見ると、かなりの積雪量だ。フライのスカート部分がすっかり雪に埋まっている。雪の勢いがこんなに凄いと思わなかった。早急に除雪をしなければならない。
 防寒着を身につけ、スコップを手に持って外に出た。気温は低く、肌にビリビリと刺さる。風は殆どない。音も無く雪だけがしんしんと降っている。もうテントの1/4が雪に埋まってしまった。フライの隙間が雪に埋まってしまうと、換気能力が落ちてしまう。スコップで雪をかく。サラサラの雪なので重さは無いが、これだけの量を除雪するというのは一仕事だ。テント周りの半分を除雪した所で、ハァハァと息切れしてしまった。この雪の様子ならば、また除雪しなければならなさそうだ。
 除雪を終えてテントに入ってきた私を見て、妻はぎょっとしていた。私が雪だるまのように雪まみれだったからだ。酒を飲んで体を動かした所為か、暖かいテント内に戻ったら酔いが急に回ってしまった。私は酔うと眠くなってしまう。
 雪によって換気機能が落ちると酸欠になってしまう事、一酸化炭素中毒の危険性を妻に説明し、朝までにもう一回の除雪が必要である事を妻に告げ、私は先に休む事にした。妻にテント周辺の除雪をさせるつもりはない。雪の様子を気にかけながら寝るしかない。

 シュラフに入り、目を閉じる。妻の居る前室からは小さな音のラジオが聞こえている。妻の時間を邪魔をしない様に、耳栓をして寝る事にした。耳栓越しにかすかに聞こえるラジオの音のようなノイズを聞いて居たら、眠りに落ちていった。

 突然、息苦しくなって目が覚めた。シュラフの中で丸くなって眠っていた為か、シュラフ内の酸素濃度が低下し、酸欠になってしまったようだった。こういう事は冬は寒いので、実はよくある。冬のシュラフは分厚くて空気が逃げないようになっているし、寝る時の体勢も寒くて丸くなってしまいがちで、シュラフの中だけで呼吸を繰り返す事で酸欠になってしまうのだ。これによって子供が酸欠で亡くなるという事故もあったそうだ。
 ハァハァと激しい運動後のような呼吸の状態から何回か大きく深呼吸して、また酔いに任せて目をつぶった。
 このシュラフに潜り込んでは、シュラフ内が酸欠になって目を覚ますというのを何度か繰り返した。シュラフの隙間から鼻と口だけを出して寝に入るのだが、また息が苦しくなって、突然目が覚めてしまうのだ。何とも懲りない。

 何度かこれを繰り返した後、ぼうっとした意識の状態で目が覚めた。息苦しさもあるが、先ほどまでは無かった吐き気と激しい頭痛がする。強いめまいもする。朦朧として体が動かない。
 耳栓を通して、ピーピーピーというくぐもった電子音の音がかすかに聞こえるが、何の音か思い出せない。けだるいのに筋肉がこわばったようになって体を動かせない。声を出したくても、口の中がいやにネバついて開かない。妻はどこにいったのだ。
 眠くて眠くて仕方がないので、このまま寝る事にする。  

Posted by epitaph at 16:24Comments(0)

2016年03月14日

不快な交流



 職場の後輩に誘われてキャンプを始めてから半年が経った。最初は後輩に連れて行って貰い、道具も貸して貰う形だったが、妻も息子も喜ぶので思い切って道具一式を揃える事にした。初期投資はかなりの額になる。妻の反発が心配だったが、妻もキャンプの楽しさに気付いていたし、何より息子の教育にも良さそうだからと、むしろ購入に積極的だった。キャンプが私たちの家族の新しい趣味になるのだと思うと、ワクワクした。
 私は形から入る性分なのか、最初に購入する道具にもこだわった。ネットで何が良いのかを事前調査し、解らない事があれば後輩に意見を聞いてから購入した。一式揃った頃には、我ながら使いやすくておしゃれなキャンプサイトになったのではないかと思った。
 最初の数回は後輩とテントを並べてキャンプをしながらノウハウを学ばせて貰っていたが、数回やっている内に勝手も解ってきて、次第に家族だけでキャンプをするようにもなっていった。
 キャンプを繰り返す内に、道具の統一感を出したくなって、ちょこちょこと買い物をしては差し替えたりしていたが、最初の道具の吟味と後輩のアドバイスが良かったのか、そんなに買い換えずに済んでいる。

 今日は久しぶりに後輩とキャンプに来ている。後輩は子供が居ない。いつもは奥さんと二人で楽しくキャンプしている。そこに私の家族が加わる事で、お互い楽しくやれている。後輩の奥さんも、私の家族と一緒だと安心して楽しめると喜んでいるという。
 私はこのAキャンプ場に来るのは初めてだ。Aキャンプ場はT町が運営しているキャンプ場で、格安で利用出来る事から、近隣の町からも訪れるキャンパーが多い。Aキャンプ場はもう一つ特徴があって、来ているキャンパーが皆おしゃれだという事だ。確かに目に入るテントの殆どが統一感のあるおしゃれな雰囲気を持っている。
 後輩はこのAキャンプ場の常連らしい。車からテントサイトへ道具を運んでいる最中に、早速声がかかった。相手はポロシャツの襟を立てた小太りのおじさんで、後輩の知り合いのようだ。ぽっこりと出た腹と、ポロシャツの襟がアンバランスだ。
 後輩とおじさんの会話は他愛ない内容のようで、最近顔を見せなかったじゃない、などと話をしている。イケメンの後輩と、この冴えないおじさんの接点が良く解らない。そちらの方は、とおじさんから私の紹介を求められた。後輩は、こちらは職場の先輩のDさんで、半年前にキャンプに引きずり込んだんですよ、と紹介している。私は、こんにちはと挨拶をした。
 後輩は手の平でおじさんを指して、こちらはCさんでこのキャンプ場の常連、有名なブロガーなんですよ、と紹介してくれた。へえ、有名なブロガーなのか。どこにでもいるおじさんにしか見えないけれど、と心の中でつぶやいた。
 準備があるので、と話のきりのいい所でと後輩が会話を切り上げ、おじさんとは別れた。

 テントを設営中も、後輩の所へキャンプ場の常連らしい人がひっきりなしに訪れる。後輩はその都度私を紹介し、私も仕方なく挨拶する。読んだことはないが、後輩もブログをやっているらしい。その繋がりなのか、紹介される人みんながブログをやっているらしい。ナントカというブログをやっているので是非来てね、と誰もが言い残していく。中には良く解らないステッカーを渡してくる人も居た。キャンプをしに来たのか、人を紹介されに来たのか良く解らない。キャンプ場の常連になるというのは、こんなに挨拶ばかりしなければならなくなるのか。ブロガー専用のキャンプ場なのかと言いたくなるくらい、ブロガーばかりだ。挨拶に初対面の相手に何だか疲れるキャンプ場だ。

 日が暮れて、タープの下で後輩と私の家族とで夕食を食べる。今日の夕食は後輩が作ってくれた。キャンプでの料理に手馴れているだけに、出てくる料理はアウトドアらしいものの上、とても美味しい。名前は覚えていないが、ひき肉を辛くして香り良くしたものをご飯にかけて食べるタイ料理だという事だった。ちょっと辛くて息子は苦手そうにしていたが、私も妻も目を真ん丸にして美味しく食べた。息子は私が準備したバーベキューを食べて楽しんでいたし、食べ物に関しても大満足だった。

 夕食を食べ終わるか終わらないかの頃、また人が尋ねてきた。最初に会ったおじさんだった。手に缶ビールとイスを持っている。どうもと言いながら、こちらが了承しないまま食卓に席を並べてくる。私も妻もは渋い顔をしかけたが、後輩は少し得意そうな顔をしている。どうなっているのだ。
 おじさんに続いて、先ほど挨拶した人がどんどんやって来る。何故みんなイスと酒を持ってやってくる。あっという間にタープの下からはみ出るほどの人がやってきた。もう10人を超える私の知らない人が集まってしまった。私も妻も息子も、まだプレートの上に夕飯が残っている。この人たちは何なのだ。
 ××さんの幕が今日の宴会場ですか、と聞こえた。××さんとは誰だ。そんな横文字の名前の日本人が居るかと心の中で突っ込んだ所で、××さんというのは、後輩のブログネームなのだと解った。そもそも、これは後輩のタープじゃない。これは私のタープだ。この人たちは食事が済んでいない他人のにプライベートスペースに入り込む事に全く躊躇していない。これがこの人たちの普通なのか。
 例のおじさんが乾杯しましょうか、と言うと乾杯をする前に全員がカメラを起動している。おじさんがかんぱーいと気勢を上げてグラスが合わされると一斉にフラッシュが焚かれた。乾杯したのに、一向に誰も酒を飲もうとせず、カメラの画面をチェックしている。誰かが失敗したと言ったので、乾杯はもう一回行われた。
 この人らは一体何なのだ。何がどういう理由で、この人たちがこの場所に集まっているのだ。キャンプとは何だ。ここに何をしに来たのだ。この人たちにとっては、これがキャンプなのか。ブログを書いている人は、こんなにもマナーにルーズなのか。

 その夜は最悪だった。
あのブログ仲間がどうだとか、誰がいついつの雑誌に載っただの、あのキャンプ場は誰それが居るからどうという、私の知りもしない意味不明な話で盛り上がり続けた。とにかく人の噂話ばかりだった。後輩は所々笑ってはいたが、私が不機嫌そうに手洗いに席を立ったのを察して、こんな事になってすみませんと言った。最初からこうなる予定だったのかと聞くと、そうではなくて勝手に集まってきただけだという。
 私の家族が寝ようとテントに引っ込もうとすると、後輩の奥さんもきっかけを見計らっていたかのように、引きつり気味の顔でテントに入っていった。私がテントに戻ってシュラフに入ってからもこの狂宴は続いた。後輩もテントに入った気配がしたが、私のタープの下ではまだ馬鹿騒ぎが続いている。うるさくて眠れない。たしなめてやろうと思ったが、後輩の友人なので、そうもいかなかった。
 自分の家に土足で上がりこまれた様な不快な夜だった。

 朝になって愕然とした。昨日の宴会場となってしまった私たちの食卓は荒れに荒らされ、空き缶やどこから来たか良く解らない茶色い食べ残しが散乱している。何かをこぼした跡もそのままになっている。
 後輩の奥さんは、最近このキャンプ場に来るとあの調子なんですよ、と疲れた顔を見せた。私の妻もここはもう来たくないと言った。息子も、昨日はうるさかったね、と目をこすっていた。
 休み明けの月曜、また後輩が謝って来たので、あのキャンプ場はもう行きたくありません××さん、と皮肉った。××さんのブログには楽しい夜の様子が綴られていた。  

Posted by epitaph at 14:52Comments(0)

2016年03月13日

ブッシュクラフトナイフ



 夏真っ盛りの8月上旬、妻、8歳の息子、私の家族3人でA野営場に来ている。A野営場は自然の豊富な無料キャンプ場で、山の登山口に近い事もあり、時期によっては登山客の前泊基地になっている事もある。テントサイトは林間にあり、広葉樹の葉の隙間からの木漏れ日は夏でも涼しげで気持ちがいい。キャンプ場内の施設は質素だが、利用者が登山客中心ということもあってキャンパーのマナーも良く、私の家族もそれに混ざって安心してキャンプする事が出来ている。妻も、高規格のキャンプ場なんかよりも、ここの方がよほどのんびり出来るし、自然の中で気持ちがいいと、A野営場を気に入っている。

 今日もH野営場に昼頃から入り、炊事棟のやや左脇にテントを張ってタープの下で過ごしている。私の家族以外にもまばらにテントを張っている人たちが居る。どれも山岳系のテントで、ファミリーキャンプ用のテントを張っているのは、私たちだけのようだった。
 まだ昼ごはんを食べていない。夜はバーベキューをするので、昼はあっさりとしたものがいい。そうだ、簡単にそうめんにしよう。キャンプサイトのすぐ脇に沢が流れているから、川辺でさらさらという流れる音を聞きながら食べるそうめんは、納涼感バツグンだろう。炊事棟から水を汲んできて、そうめんを茹で、流水で洗う。タレは梅を叩いてシソのみじん切りを加えた特製のものだ。
 川辺に食卓を設け、家族でいただきますをして食べる。うん、美味い。息子も妻もニコニコしながら食べている。キャンプで食べるごはんっておいしいね、食べ終わったら虫を捕りにいこうね、と息子も嬉しそうにしているのを見ると、来て良かったと感じる。
 昼食を食べ終わった後は、沢で水遊びをさせ、虫網と虫篭を持って虫捕りをして遊んだ。家族3人で遊んだ楽しい時間だった。

 夕食のバーベキューを食べ終わって、ランタンを囲んでゆっくりしていたら、ガチャガチャと音をさせてこちらに近づいてくる音がする。大きな荷物を持った男が、私のキャンプサイト前を何往復かしたと思ったら、私のテントサイトから10メートルも離れない位置にテントを張り始めた。一人らしい。こんな時間からキャンプか。キャンプ場は広いのだから、もっと離れた場所にテントを張ればいいだろうに。
 男のテントサイトから、何やら声が聞こえてくる。何やらひたすらブツブツと喋っているようなのだ。男一人ではなかったのか。他に同行者でも居ただろうか。男のテントサイトでランタンが灯され、あちらをチラリと伺ったが、やはり一人のようだった。その間も、何かずっと喋っている。何だろう。とても気味が悪い。

 息子が眠そうに目をこすっていたので、妻と一緒にテントの中に入らせた。暗くなり始める頃から夕食を食べ、真っ暗になったら寝る。キャンプはこうした自然のリズムの生活になるのも好きだ。私は、少し焚き火を楽しんでから寝よう。

 バァン!バァン!バァン!

 息子と妻がテントに入ってしばらく経った頃、突然何かを叩きつける様な大きな音と、ガリッとかバリッというような何かが割ける音がし始めた。さきほど来た男の方向だ。その大きな音の合間に男のボソボソ声が漏れ聞こえる。そのバァンという打ち付けるような連続音は一定間隔で鳴ったり止んだりしている。バァンという連続音がしなくなったと思ったら、次はガリガリゴリゴリという音が聞こえてくる。
 息子も妻もテントから、どうしたの、何の音なの、と顔を出した。こんな時間に、寝ている人間が起きるようなこんな大きな音を平気で立てるなんて、なんて迷惑なんだ。さすがにこの時間にこれはないだろう。一言言ってやらねば気が済まない。

「ちょっとあんた、この時間に大きな音を出してうるさいよ。こっちは子供が寝ているのだから静かにしてくれ」
 男はひょろりとした痩せぎすの色白で、手にナイフと薪を持って地ベタにそのまま座っている。私が声を掛けた瞬間、はっとした様な顔をして、こちらを睨んだ。口の角に白い泡が付着している。
「あんたこそうるさいな。今、動画を撮っているんだからあっちに行ってろよ」
 男は舌足らずの口調でそう言って目線を手元に戻し、手に握っている薪をナイフでゴシゴシとしごいている。
 男の横には細く割られた薪が盛られ、手元にはささくれた薪が握られている。足元には、数本のナイフと手斧も転がっている。このキャンプ場は直火禁止なのに、男の目の前には竈にするだろうと見られる石が並べられている。
「動画なんて、そんなのあんたの勝手だろう。もう9時半なんだから、マナーくらい守ってくれ。バンバンと派手な音を何回も出して何をやっているんだ。迷惑なんだ」
「俺は、このキャンプの動画を撮ってアップしなければならないんだ。ブッシュクラフトも知らないのかよ。バトニングで薪を割って、フェザースティックを作って…」
 男は顔も上げずにそう言うと、下を向いたままボソボソと何か言い続けている。話が噛み合わない。

 この男は動画の撮影をしていたから、ボソボソとずっと一人で喋っていたのか。やっと合点がいった。動画サイトでキャンプの動画を見た事があるが、撮影者がコメントしているシーンはこうやってキャンプをしながら喋っているものなのか。撮影している本人はいいだろうが、事情を知らない周囲のキャンパーにしてみれば尋常ならざる雰囲気だ。
 この男に見覚えは無いが、ブッシュクラフトの動画も見た事がある。サバイバルがどうのと薀蓄をベラベラ語っているのに、小奇麗なキャンプ場で薪いじりをしているだけの噴飯物の動画だった。この男もホームセンターで売っている様な綺麗で真っ白な既成の薪を細かく割って、それでささくれをせっせと作っている。テントやタープもピカピカの最新のものだ。良く解らないが、本当のブッシュクラフトなら、薪くらい現地調達するのではないのか。マッチ一本でも火が点きそうなよく乾いた薪をいじくるのがブッシュクラフトなのか。私が以前見た動画もこの男も、雑誌に載っていたブッシュクラフトの雰囲気とだいぶ違っているように見える。それに、こんな数のナイフと手斧は何に使うのだ。

 私が男のボソボソ声を聞きながら手元をほんの数秒観察していた瞬間、男がガバッと立ち上がった。手に握っていた薪を私に投げつけ、唾を沢山飛ばしながら、言葉にならない奇声のようなものを発している。男の目は血走っていた。据わった目をしている。見開かれた目から発せられる異常さに私は戦慄した。私は走って戻る選択肢意外はなかった。私が戻ろうともたついている間も、男は奇声を発し続け、自分のキャンプ道具を蹴ったり、細割れの薪を投げつけてこようとした。男の手には、ブッシュクラフトナイフが握られたままだった。ほんの10メートル後ろ向きで走るだけなのに、背後から走って追ってくるのではないかとの思いが拭えなかった。自分のテントに辿り着く頃には脂汗が噴出していた。

 テントの中に居た妻と息子をすぐに車に退避させる事にした。逃げようとしている妻と息子に対し、男のテントの方から、また奇声が発せられた。
 キャンプ道具は置いてそのまま自宅に帰った。あの男の隣のテントで妻と息子を寝させるくらいなら、たとえキャンプ道具なんか無くなったとしても惜しくはなかった。  

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2016年03月12日

炎上ブロガー



 ちくしょう。俺のキャンプブログが炎上した。
 俺のブログはあのトラブルをきっかけに炎上し、ここずっと一日のページビューが10000を越す事が続いている。あの記事に寄せられているコメントも、もう100を超えてしまった。どこからわいてきたのか解らないクソどもが俺のブログにゴキブリの様にたかり、面白おかしく炎上に油を注ぎ続けている。炎上の元となった事件以外の過去のブログの記事をほじくり返した挙句、言葉の端を針小棒大に取り上げて批判を繰り返しやがる。本当にムカつくクソどもだ。

 確かに炎上のきっかけは俺にある。
 あれは、ブログ仲間と俺のホームグラウンドのT公園でいつものようにグループキャンプで宴会をしていた時の事だ。突然隣のテントの男が目を血走らせて怒鳴り込んできた。男は、こんな深夜1時までうるさく騒ぎやがって何を考えているんだ、うるさくて子供が何度も目を覚ましているんだ、キャンプの基本的なマナーは守りやがれ、と唾を飛ばしながら怒鳴り散らした。
 俺らは、大してうるさくしていたつもりは無いし、別に夜中の1時だからって静かに寝なければいけない決まり事なんて、無料のキャンプ場なんだから無いに決まっている。子供を起こしてしまったのは悪かった。だが、宴会を始める前に、仲間と飲むので少しうるさくなるかも知れませんがすみませんと挨拶して、わかりましたとこの男も了承していたんだ。そう思い返すとだんだんムカッ腹が立ってきた。

 俺が反論する前に、先にブログ仲間のAが椅子から立ち上がった。酒を飲んでいるんだからうるさいのは当たり前だ、みんな会社を終えてからキャンプ場に入ったのが夜の9時なんだから、この時間になるのは当たり前だろう、とAは言った。
 Bは、動画サイトにアップする為に撮影していたビデオカメラの向きを変えた。良い映像が撮れそうだとニヤついた顔をしている。
 男は更に激高し、キャンプ場に夜9時に入ること自体がマナー違反だ、最低でも夜10時には消灯するのがマナーなんだ、寝ている子供を起こして何とも思わないのか、と言った。男はBのビデオカメラにも気付いたらしく、ビデオを止めろと怒鳴った。Bは、にやにやするだけで止める様子は無かった。
 挨拶はきちんとしたのだし、ルールなんてないのだからと、俺は釈然としていなかったが、この事態を収める為にまぁまぁと例のポーズをした。男は、まぁまぁじゃねえ、非を認めてとにかく静かにしろ、と繰り返すだけだった。
 このままではどうやっても落ち着くと思えない。このグループキャンプの呼びかけ人である俺が謝るしかないか。ムカつくが仕方ない。ご迷惑をおかけしました、申し訳ありませんでした、もう静かにします、とムカつく気持ちが顔に出ないようにして男に謝った。男は、あんたらいい歳してんだからいい加減にしろよ、となどと捨て台詞を吐いて去って行った。俺は口の中で、うるせえクソ野郎、とつぶやいた。
 男が去った後、Bは口を手を押さえて笑い声が漏れそうになるのを我慢するのが大変そうで、Aは立て続けにタバコを何本も吸って不機嫌そうにしていた。俺は、酒をがぶがぶと飲んだ。
 翌日、俺が起きた頃には、隣の男のテントは撤収されて何も無かった。クソのせいで後味の悪いグループキャンプだった。

 俺は、ブログの良いネタが出来たと記事にした。仲間とグループキャンプを楽しんでいたら、男が怒鳴り込んできて興が削がれた、という様な内容で書いた。男からのマナー違反だという指摘については、触れなかった。AもBも似たような事を書いていた。Bに至っては、男の顔にモザイクをかけてはいたが、あの動画を動画サイトにアップしていた。このブログ記事も動画も、最初は俺のブログ仲間からは概ね好評だった。

 しかし、あの男が俺のブログにコメントを残した事で火が点いた。

 男は、あのオシャレなテントでそうなんじゃないかと思っていましたが、やはりブロガーの××パパさんだったのですね、夜中の9時にキャンプ場に入って、深夜1時すぎまで宴会で騒ぐなんてキャンパーの鏡ですよね、紳士的な態度で謝ったのもウソのようだしとんでもない人ですね、家族の楽しみをぶち壊して何とも思わないなんて信じられない、と皮肉たっぷりに書きやがった。火が点き、油が投下されて、明かりにたかるクソどもが寄ってきた。

 あっという間に20件を超える批判コメントが寄せられ、俺は窮地に立たされた。心の中では悪いと思っていなくとも、何とかこれを消火するために、心変わりしたように装って、平身低頭で反省したふりをした。何で俺がこんな事になるんだ。
 仲間のAもBのブログも似た様な状況のようだが、俺の炎上さえ収まればそれでいい。勝手にやってろ。俺のブログの火が小さくなるのを期待して、Bのブログへ動画で撮ってアップするなんて最低ですねと匿名で書いてやった。ざまあみやがれ。
 俺のブログの炎上は一向に収まらないどころか、俺ら当事者3人以外のグループキャンプ仲間のブログにも飛び火した。過去のグループキャンプの小さなマナー違反をほじくり返され、俺の仲間であるというだけでブログに火が点きかかっている。マナーが悪かったのは俺じゃなくて、おまえら自身なんだ。おまえらのブログが炎上しようが知ったことか。
 俺は自分のブログで匿名の擁護のコメントを書きまくり、消化に努めた。コメントの名前を複数使い分け、何人もが擁護している様に装った。この擁護コメントへも批判は集中したが、これは俺じゃねえから関係ねえ。
 他のブログを炎上させれば状況が変化するのではないかと、全くの無関係のキャンプブログに匿名で因縁をつけて炎上させてやったら、イナゴが別の餌場に移った事で、俺のブログの様子にも変化があった。これは我ながら良いアイデアだった。
 コメントが100件に達そうかという頃になって、ようやく落ち着いてきた。俺の名前での反省コメントと、匿名での擁護も効いてきたのだろう。形だけの反省で騙されやがって、本当に馬鹿で簡単なやつらだ。おまえらなんかより、俺の方が何枚も上手なんだ。
 俺から離れていったグループキャンプ仲間やブログ仲間も居たけれど、あんなのは元々仲間でも何でもねえ。また新しい仲間を入れてグループキャンプをやってやる。いつものT公園は俺用のフィールドみたいなもんなんだ。
 落ち着いてきた今では、俺のオシャレなキャンプサイトを手本にしたいというファンがまた集まり始めたし、俺のキャンプ道具もますますオシャレな物が揃ってきた。ファンなんて、表面上の見てくれしか見ていない。ブログもファンも簡単なもんだ。

 炎上収束後もPVは伸び続けているし、ブログのランキングは上位のままだ。今でも炎上したブログの記事が訪問者数を稼いでくれて、そのページビューの数値に騙されたやつが人気ブログと間違えて俺のブログを訪れてくる。納得はしてはいないが、とにかく形だけでも謝った事で信用も戻った。ランキングが上に行けば何でもいいんだ。炎上はしたが、結果的にこれも悪くねえか。俺もこれで有名ブロガーだ。炎上様様だよ。ヘッヘ。  

Posted by epitaph at 07:33Comments(0)

2016年03月11日

雪中キャンプ



 雪中キャンプの魅力は、何と言っても澄んだ空気と、夜の星の美しさだ。私は、そんな雪中キャンプが好きだ。誰も居ない、雪の積もる無料のキャンプ場にテントを張り、一人で晩酌をしながら星が出るのを待つのが何よりも好きなのだ。

 1月の下旬、冬の寒さが本番を迎えた頃、私は一人でいつものキャンプ場に向かった。このUキャンプ場は、夏は家族連れで芋の子洗い状態になるが、冬になると急に人が少なくなる。まして平日などは、全く人が居ない事も多い。私はその平日を狙って休み、そこに向かっている。
 車を走らせ、キャンプ場の近くになると、雪が深くなってくる。車の轍の跡もない。今日も一人でキャンプ場を独占出来るという目印だ。雪でスタックしてしまう前に車を停め、車からキャンプ道具を降ろす。テントを張る場所まで少し歩かねばならないから、道具は最小限に抑えている。多少歩くのも面倒ではない。
 雪に足をとられながら5分も歩くと、目の前が開けた良い場所がある。ここはこのキャンプ場のテントサイト外の場所だ。だが、冬になると全てが雪の下になるのだし、誰も来ないのだから、どこにテントを張っても構わないだろう。
 この場所は、キャンプサイト脇の狭い道路の車の待避所で、苔むした地蔵が並んでいるのが印象的な場所だ。地蔵と添い寝するのは気持ちが悪くもあるが、今は雪の下だから気にしないでおこう。さあ、ここにテントを張り、夜は目の前の星空を楽しもう。

 雪中キャンプでは、まずテントを張るスペースを均さねばならない。テントを張る位置を決め、足で根気良く踏み均していく。踏み均すのは、テントを張る位置を決めるのと、寝た時のデコボコを無くすこと、そしてペグの効きをよくする為だ。さらさらふわふわの雪でなければ、踏みしめた雪は硬くなり、夏用のペグでも雪にガッチリ噛んでくれるようになる。
 テントを張り終え、テントの中で寝床と前室の居住スペースを準備する。
 雪中キャンプといっても、極寒の外で過ごすわけではない。テントの中は寝室として使い、前室を居住スペースとして使用する。前室が寒ければ反射式ストーブで暖まる事が出来る準備もある。その前室にミニテーブルとチェアを配置し、そこで食事を準備したり、ラジオを聴きながらお酒を楽しんだりするのだ。
 そして、星の出る時間帯になったらテントの入り口を開放し、目の前に広がる星空を眺めよう。今日はよく冷えて、雲もほとんどなく晴れている。風は少しあるが、気になるほどではない。素晴らしい星空は、もう約束されたようなものだ。

 夜6時になった。前室のジッパーを空けてみる。予想していた以上の星空だ。まだ完全に暗くなりきってはいないが、雲ひとつなく、既に多くの星がキラキラと上空を飾っている。
 ランタンの明かりを小さくし、ミニテーブルとチェアを外に向ける。星を眺めながら湯気を上げるホットウイスキーをすする。美味い。吐き出される熱く白い息にストレスが溶け込んで体の外に出て行くようだ。ラジオの音も消そう。この時間には静寂が相応しい。ピリリとした空気、音のない空間、目の前に広がる無数の星。

 寒いと酔いがまわりにくい。ホットウイスキーを立て続けに飲んだ所で、また小便がしたくなった。
 寒いせいで、何度も小便に立っている。人間も動物としての性なのか、同じ場所で小便をしてしまう。小便の熱で雪が溶け、雪の中に丸い石が見えている。良い的が出来たと、先ほどからこの石を狙い撃ちにしているのだ。人間の男というのは、トイレでも的があると、それを狙う習性があるらしい。
 その後も何度か小便に立っては、酔いに任せて小便をこの丸い石に打ち付けていたが、石の周りの雪が更に解けるにつれ、その丸い石が何であるのか解った。

 地蔵だった。

 黄色くなった雪の上に半分だけ顔を出した地蔵が見える。冬でも緑を保っている苔で顔面の一部が覆われて表情はよく見えないが、苔の下ら見えている口が心なしかぐにゃりと曲がって見える。苔の下にある目がこちらをにらんでいるように感じられる。
 少し吹いていた風が無風に変わり、静寂の奥からキインと耳鳴りが迫ってきた。どこからか誰かがこちらを見ているような気がしてくる。

 急に酔いが全身を走った。どうやってテントに戻り、どうやってシュラフに潜り込んだかは覚えていない。朝、気づいたらシュラフの中だった。
 ただ一晩中、湿った青臭い匂いがして、何かを繰り返し耳元でつぶやく声が聞こえていたような気がする。
 身の回りの様子に変化はなかった。何も無くなっていなかったのに、何かが無くなってしまった感覚だけが何故か今でも無くならない。  

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2016年03月10日

肉のおすそ分け



 私がよく行くUキャンプ場には、ソロキャンパーが多い。
 Uキャンプ場は中部地方の湖沿いにあり、入り口のゲートを超えて手前がファミリーキャンパー、奥がソロキャンパーと、暗黙の了解的に住み分けが出来ている為か、ソロキャンパーも積極的に利用しやすい。ここは、程よい地方都市の郊外にある為、夏の最盛期でない限り人でごった返す事もなく、私は気に入って利用している。
 そのUキャンプ場に集まるキャンプ客は、ソロキャンパー同士で顔馴染みも多く、目線が合えば挨拶くらいはするし、人懐っこい人であれば、一緒にお酒でも、となる事もあるようだ。
 ソロキャンパーにも色々な性格の人が居て、話しかけられたくない雰囲気を全身から放っている人も居れば、他のキャンパーと馴れ合うのが苦でない人も居る。私はどちらでもなくて、気分次第だろうか。

 今年の紅葉が始まろうかという頃、私は、このUキャンプ場のいつものスペースでソロキャンプをしていた。程よく色づいた木の葉を眺めながら、ビールを片手に日が暮れていく時間を楽しむ。この時間がたまらなく好きだ。
 暗くなってしまう前に、そろそろ夕食の準備をしよう。今日の夕食は、ソロキャンプならではの楽しみである一人焼肉だ。店で一人焼肉はハードルが高いが、ソロキャンプでの焼肉は定番なのである。焼肉といっても、私は野菜は焼かない。食べたいだけ肉を思う存分焼いて食べるだけの、不精な焼肉だ。
 焚き火台に火はおきているので、その熾きの中に炭を投入する。チンチンと炭が心地よい音を鳴らしながら徐々に赤くなっていく。この炭火がおきていくゆっくりした時間も、私のキャンプの楽しみの一つだ。

「やあ、焼肉ですか」
 突然後ろから声がかかり、ドキッとして振り返る。
 知人ではないが、顔は知っている。多分この人は、Uキャンプ場の常連のFさんだ。おしゃれなキャンプ道具を揃えていて目立つので、ある意味でUキャンプ場の有名人だ。私は読んだ事はないが、Fさんはブログもやっていて、結構評判も良いらしい。
 気をつけて周りを観察していなかったが、私の隣のテントがFさんのものだったようだ。いつもは色の白い小太りの奥さんと二人で来ているそうだが、このソロキャンパーが多い側のキャンプサイトにテントを張っているという事は、たまにはソロキャンプもするという事だろう。
「こんばんは。もしかしてFさんですか?」
「そうです。突然声をかけてしまって、すみません」
「いえいえ、いいんです。どうせ一人で肉を焼いてビールを飲むだけですから」
「私も今日は一人焼肉なんですけどね、多く肉を切って来ちゃったもんですから、一人じゃ食べ切れなさそうなんですよ。これ、かなりいい肉だから、おすそ分けしようかと思って」
 Fさんの手に握られているビニール袋は大きなものだった。いい肉だなんて、私の安い肉を見ての皮肉かとも思ったが、どうもFさんの表情からは悪意は感じられなかった。
 キャンプをしていると、おすそ分けされるという事はよくある。そういう時、私は欲しくなくても失礼のないように受け取る事にしている。
「えっ。いい肉だなんて、いいんですか?」
「ええ、是非食べて貰いたいんです。私が特別に準備した肉で、滅多に手に入らないものなんですよ」
 特別に準備して、とても良い滅多に手に入らない肉か。純粋に興味がわいて来た。
「それはすごいですね。是非食べてみたいです」
「そうですか!じゃあ、一緒に焼いて食べませんか?色々な部位を持ってきたんで、説明させて下さい」
 一緒にか。気分が乗らない。ソロキャンプなのだから、そこは空気を読んで欲しい。この人はあまりソロキャンプをしないのだろうか、こちらの気持ちを汲み取れないらしい。私は一人で夜を楽しみたいのだ。しかし、ここまで話が進んでしまってから断る訳にもいかない。
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ…」
 Fさんの口角がグニャッと上がった。

 Fさんがチェアを私のテントサイトに持ってきた。
 早速、ジュウウウ、と私の焚き火台の上で良い音を立てて、肉が焼かれ始める。
 Fさんは、小さなビニール袋に小分けにされている肉を数枚ずつ取り出し、網の上に並べていく。
 不思議な色の肉だ。牛肉のように赤々しくもないし、豚肉のようなピンクでもない。そのちょうど中間の色に見える。部位によっては、ほどよく脂ものっているように見える。
「これは腿で、これが肩。これはあばら。あ、内臓も食べられます?これ心臓です。」
 ランタンの色で、てらてらと肉が照らさている。
「まずはこれですかね、タン。焼けましたので、どうぞ。このネギを巻いて食べると旨いと思いますよ」
 これがタン?牛にしても豚にしても、タンはこんなに小さくない。何の肉だ。
「これ、牛でも豚でもないですね。何の肉ですか」
「まぁまぁ、食べてみて下さい。旨いですから。この肉は火を通しても硬くなりにくいんですよ」
 焚き火台の上の肉に目を落とす。牛でも豚でもない。鹿にしては肉が赤くない。熊だろうか。熊のタンなんて聞いたこともない。
 恐る恐る口に運んで、一噛み二噛みする。ぷりぷりしているけれど柔らかい。臭みもない。何の肉か分からないけれど、確かに旨い肉だ。噛めば噛むほど旨みを感じる。たまらず、ビールをぐっとあおった。
「旨い!歯ざわりも良いし、始めて食べる味だけど、旨いですね、これ!」
 Fさんの口角はますます上がった。
「わかりますか!そうでしょう!もっともっと食べて下さい」
 私は、Fさんの言うがままに食べに食べた。もも肉は柔らか。心臓も独特の味だが、血の臭さのようなものはなかった。あばら肉は適度に脂が乗っていて口に含んだ時のの脂の旨みといったらなかった。
Fさんは焼くだけで食べようとせず、ニコニコしながら私にばかり食べさせた。Fさんは家でたくさん食べてきたからいらないのだという。それなら、何故こんなに肉を持ってきたのだろう。

 夢中になって食べていたら、あっという間に肉がなくなってしまった。こんないい肉をご馳走になれて、食べる前に少し不機嫌だったのは、すっかり忘れてしまっていた。
「いやあ、Fさん。こんな肉初めてです。本当に旨かったです。ごちそうさまでした」
「そうでしょう。私の肉の処理が良かったんでしょうね。始めてだったのですが、上手くいってよかったです」
 外見で決め付けるようだが、この小太りのFさんが狩猟をやるようには思えない。色白で全然日に焼けていないし、キャンパーなのに自然と関わっている様子が全く感じられない。どう見ても、七三分けで髪をなでつけて腹の出ている日曜日のサラリーマンという風体なのだ。
「…という事は、猟か何かなさるんですか?この肉は猪ですか?」
「まあ、しめる直前は猪みたいに暴れてましたよ。ははは」
 Fさんは、黄色い歯を見せて笑った。

 数日後、Uキャンプ場の仲間から聞いた噂話がある。Fさんがバーベキューをしている人に声をかけては、美味しい肉をおすそわけしているという話だった。牛でもない豚でもない肉に不思議がりながらも、一口食べてその旨さに驚き、誰しもが喜んで食べてしまうのだという。
 FさんはいつものようにUキャンプ場に来ているが、最近はいつも一人で、奥さんとはもうずっと来ていない。  

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2016年03月09日

グループキャンパーの妻



 わたしと夫は、長らく共通の趣味などなかったが、あるきっかけでキャンプをするようになった。夫の会社の先輩に誘われてキャンプにいってみたら、夫ではなくてわたしがハマってしまったのだ。
 普段はマンション住まいなので、自然と接する機会も少なく、初めて自然の中で張ったテントの中で寝た時の感動は大きかった。炭火ををおこして食べるバーベキューはびっくりするくらい美味しかったし、暗くなってからは柔らかなランタンの光の中で夫とのんびり話をするのも贅沢な時間だと感じた。軽くカルチャーショックを感じつつも、キャンプの楽しさに、夫婦でのめり込んでいった。
 キャンプを始めて半年くらい経った頃、夫がブログを始めた。よく行くキャンプ場の常連がブログをやっているらしく、それに感化されたようなのだ。夫のブログはわたしも読んでみたが、大した内容ではなく、キャンプに行った記録をつけるだけのような、閲覧者も一日にほんの十数人の、そんなものだった。
 ネットといっても世界は狭いらしく、夫はいつも利用するキャンプ場に来ているという、ブロガーたちと交流するようになった。
 そんな中、グループキャンプと称して、仲の良いブロガーや、その仲間たちで集まってキャンプをしようという話になった。わたしはその人たちの事は全く知らないけれど、キャンプにはいつも夫婦で行っていたので、夫に誘われるままそのグループキャンプに参加した。
 ネットを通じて知り合った人とのグループキャンプというのは、夫とふたりでするキャンプともまた違った楽しさは確かにあった。しかし、そんなグループキャンプも回数を重ねるにつれ、わたしの中でどんよりとした澱のようなものが溜まっていく感覚がするようになっていった。

 今日も、湖畔にあるいつものAキャンプ場で、夫のキャンプ仲間とグループキャンプをしている。参加者が持ってきたスクリーンタープを連結し、いつものようにその中が宴会場になっている。参加者がそれぞれ食べ物や酒を持ち寄り、分け合って食べながら、酒を飲むのが恒例の夜の楽しみ方だ。

 ギャハハハハ、と隣で酔っ払った男の下品な笑い声が響く。隣に座っている40代半ばの小太りのこのAという男、わたしは大嫌いだ。
 Aは、酔い始めると次第に声が大きくなり、臭い息を撒き散らしながら下品に大声で笑う。それだけならばまだ我慢出来るが、相手が誰であろうと酔いに任せて下ネタを連発するのだ。夫が一緒になってその話を笑っているのも信じられないが、他の参加者も楽しそうに爆笑している事にも違和感を感じる。
 Aは、わたしが今まで生きてきた世界には居なかったタイプの人間だ。
 ネットを通じて知り合った人間というのは、色々な種類が居ることがわかった。このグループキャンプに参加している人でも、高級外車を乗り回していてオシャレなテントや道具を使いこなす人も居れば、ボロボロの軽自動車にホームセンターのテントの人も居る。若い女の子も居れば、だいぶ前に定年退職したおじいちゃんも居る。そんな人間がまぜこぜになって、キャンプというたった一つの共通項の元に集まって宴会に興じている。合う合わないは関係なく、全てが一緒くたになって、このスクリーンタープの中に押し込められているのだ。

 集まっている人間の殆どがブロガーという事もあって、乾杯するにしても、食事するにしても、何でも写真を撮りまくっている。乾杯している写真を撮るために、全員が腕を伸ばした状態で写真を撮り合っている様は異常だ。
 参加者の誰かが、ブロガーらしく読んでいる人のお手本になるように楽しくやりましょう、などと口にする。何がブロガーだ。インターネット上でつまらない日記に写真をつけてアップしているだけじゃないか。ブロガーと一般人と区別して、さも自分たちが特別な人であるかのように思っているという様子だ。ここに集まった人たちが特にそうなのかも知れないか、ブロガーなどというのは浅薄な性根のくせに極度の自意識過剰なのではないかとしか思えない。
 この人たちは、ブロガーとの交流を楽しんでいるのであって、キャンプを楽しんでいる訳ではないのではないかと思うと、キャンプがしたいだけのわたしはとても居心地が悪い。

 わたしの右斜め前に座っているBという30台後半のモテなさそうな、河童のような髪型の薄らハゲの男、こいつは何とも気持ちが悪い。
 ことあるごとに、わたしの胸や尻を盗み見ているからだ。こちらが気がついていないと思っているのか、チラチラと目線を向けてくるのが本当に気持ちが悪い。Bの目線は他の女の子も標的にしており、ねっとりとした視線を絶えず誰かに送っている。
 おしゃれなキャンプ道具を揃え、さも人格者のようなふりをしてブログを書いているようだが、このグループキャンプの参加目的が女である事は疑いようも無い。

 スクリーンタープの一番奥でお誕生日席よろしく腰掛けているCは、このグループキャンプの呼びかけ人で、こうして人を集めて無料キャンプ場を占拠しては満足している極めつけの馬鹿だ。深夜まで宴会を繰り返し、他のキャンパーに迷惑がかかっている事を知っていながら、近くの無関係なキャンパーのテントを訪れては、一緒にどうですか、おすそ分けを持って来ましたのでどうぞ、と厚顔無恥な振る舞いをしている。挙句の果てには、多少うるさいかも知れないけど、声もかけたし差し入れもしたからもう大丈夫だよね、などと仲間と笑いあっているのである。
 先日、隣接していたキャンパーとトラブルになり、Cのブログが炎上した際は面白かった。名前を伏せてわたしも炎上に参加し、大いに盛り上げてやった。Cは自作自演で自らを擁護し、消火しようとしていたが、その情けなさったらなかった。

 そしてわたしの夫だ。夫はこのグループキャンプに参加するようになって、周りの影響を強く受け始めた。話す内容が下品になり、家出の夫婦の会話はブログやグループキャンプの話が中心になっていった。
 前のように夫婦二人きりでキャンプを楽しみたいと言っても、それではブログが盛り上がらないから、と話さえまともに聞いてくれない。
 わたしが、このグループキャンプに参加したくないという事を知っていながら、毎回強制的に参加させる。夫がわたしを参加させる理由は、夫婦でキャンプを楽しんでいるというアピールの為だけであり、わたしの為を思ってではない。夫はわたしを有名だというブロガーたちへ酌婦としてあてがい、自分は赤ら顔をして下品な話に大口を開けて笑っている。
 最近はその夫に耐えかねて、コーヒーに雑巾の絞り汁を混ぜて飲ませている。今朝は犬の糞を混ぜてみたが、気が付いていなかった。どうも味の分からない馬鹿らしい。


 耳元でわたしの名前が呼ばれた。振り向くと酒と口臭の混じった嫌な臭いがする。
 わたしはにっこりと笑って、お酌をした。  

Posted by epitaph at 18:38Comments(0)