2016年03月14日
不快な交流

職場の後輩に誘われてキャンプを始めてから半年が経った。最初は後輩に連れて行って貰い、道具も貸して貰う形だったが、妻も息子も喜ぶので思い切って道具一式を揃える事にした。初期投資はかなりの額になる。妻の反発が心配だったが、妻もキャンプの楽しさに気付いていたし、何より息子の教育にも良さそうだからと、むしろ購入に積極的だった。キャンプが私たちの家族の新しい趣味になるのだと思うと、ワクワクした。
私は形から入る性分なのか、最初に購入する道具にもこだわった。ネットで何が良いのかを事前調査し、解らない事があれば後輩に意見を聞いてから購入した。一式揃った頃には、我ながら使いやすくておしゃれなキャンプサイトになったのではないかと思った。
最初の数回は後輩とテントを並べてキャンプをしながらノウハウを学ばせて貰っていたが、数回やっている内に勝手も解ってきて、次第に家族だけでキャンプをするようにもなっていった。
キャンプを繰り返す内に、道具の統一感を出したくなって、ちょこちょこと買い物をしては差し替えたりしていたが、最初の道具の吟味と後輩のアドバイスが良かったのか、そんなに買い換えずに済んでいる。
今日は久しぶりに後輩とキャンプに来ている。後輩は子供が居ない。いつもは奥さんと二人で楽しくキャンプしている。そこに私の家族が加わる事で、お互い楽しくやれている。後輩の奥さんも、私の家族と一緒だと安心して楽しめると喜んでいるという。
私はこのAキャンプ場に来るのは初めてだ。Aキャンプ場はT町が運営しているキャンプ場で、格安で利用出来る事から、近隣の町からも訪れるキャンパーが多い。Aキャンプ場はもう一つ特徴があって、来ているキャンパーが皆おしゃれだという事だ。確かに目に入るテントの殆どが統一感のあるおしゃれな雰囲気を持っている。
後輩はこのAキャンプ場の常連らしい。車からテントサイトへ道具を運んでいる最中に、早速声がかかった。相手はポロシャツの襟を立てた小太りのおじさんで、後輩の知り合いのようだ。ぽっこりと出た腹と、ポロシャツの襟がアンバランスだ。
後輩とおじさんの会話は他愛ない内容のようで、最近顔を見せなかったじゃない、などと話をしている。イケメンの後輩と、この冴えないおじさんの接点が良く解らない。そちらの方は、とおじさんから私の紹介を求められた。後輩は、こちらは職場の先輩のDさんで、半年前にキャンプに引きずり込んだんですよ、と紹介している。私は、こんにちはと挨拶をした。
後輩は手の平でおじさんを指して、こちらはCさんでこのキャンプ場の常連、有名なブロガーなんですよ、と紹介してくれた。へえ、有名なブロガーなのか。どこにでもいるおじさんにしか見えないけれど、と心の中でつぶやいた。
準備があるので、と話のきりのいい所でと後輩が会話を切り上げ、おじさんとは別れた。
テントを設営中も、後輩の所へキャンプ場の常連らしい人がひっきりなしに訪れる。後輩はその都度私を紹介し、私も仕方なく挨拶する。読んだことはないが、後輩もブログをやっているらしい。その繋がりなのか、紹介される人みんながブログをやっているらしい。ナントカというブログをやっているので是非来てね、と誰もが言い残していく。中には良く解らないステッカーを渡してくる人も居た。キャンプをしに来たのか、人を紹介されに来たのか良く解らない。キャンプ場の常連になるというのは、こんなに挨拶ばかりしなければならなくなるのか。ブロガー専用のキャンプ場なのかと言いたくなるくらい、ブロガーばかりだ。挨拶に初対面の相手に何だか疲れるキャンプ場だ。
日が暮れて、タープの下で後輩と私の家族とで夕食を食べる。今日の夕食は後輩が作ってくれた。キャンプでの料理に手馴れているだけに、出てくる料理はアウトドアらしいものの上、とても美味しい。名前は覚えていないが、ひき肉を辛くして香り良くしたものをご飯にかけて食べるタイ料理だという事だった。ちょっと辛くて息子は苦手そうにしていたが、私も妻も目を真ん丸にして美味しく食べた。息子は私が準備したバーベキューを食べて楽しんでいたし、食べ物に関しても大満足だった。
夕食を食べ終わるか終わらないかの頃、また人が尋ねてきた。最初に会ったおじさんだった。手に缶ビールとイスを持っている。どうもと言いながら、こちらが了承しないまま食卓に席を並べてくる。私も妻もは渋い顔をしかけたが、後輩は少し得意そうな顔をしている。どうなっているのだ。
おじさんに続いて、先ほど挨拶した人がどんどんやって来る。何故みんなイスと酒を持ってやってくる。あっという間にタープの下からはみ出るほどの人がやってきた。もう10人を超える私の知らない人が集まってしまった。私も妻も息子も、まだプレートの上に夕飯が残っている。この人たちは何なのだ。
××さんの幕が今日の宴会場ですか、と聞こえた。××さんとは誰だ。そんな横文字の名前の日本人が居るかと心の中で突っ込んだ所で、××さんというのは、後輩のブログネームなのだと解った。そもそも、これは後輩のタープじゃない。これは私のタープだ。この人たちは食事が済んでいない他人のにプライベートスペースに入り込む事に全く躊躇していない。これがこの人たちの普通なのか。
例のおじさんが乾杯しましょうか、と言うと乾杯をする前に全員がカメラを起動している。おじさんがかんぱーいと気勢を上げてグラスが合わされると一斉にフラッシュが焚かれた。乾杯したのに、一向に誰も酒を飲もうとせず、カメラの画面をチェックしている。誰かが失敗したと言ったので、乾杯はもう一回行われた。
この人らは一体何なのだ。何がどういう理由で、この人たちがこの場所に集まっているのだ。キャンプとは何だ。ここに何をしに来たのだ。この人たちにとっては、これがキャンプなのか。ブログを書いている人は、こんなにもマナーにルーズなのか。
その夜は最悪だった。
あのブログ仲間がどうだとか、誰がいついつの雑誌に載っただの、あのキャンプ場は誰それが居るからどうという、私の知りもしない意味不明な話で盛り上がり続けた。とにかく人の噂話ばかりだった。後輩は所々笑ってはいたが、私が不機嫌そうに手洗いに席を立ったのを察して、こんな事になってすみませんと言った。最初からこうなる予定だったのかと聞くと、そうではなくて勝手に集まってきただけだという。
私の家族が寝ようとテントに引っ込もうとすると、後輩の奥さんもきっかけを見計らっていたかのように、引きつり気味の顔でテントに入っていった。私がテントに戻ってシュラフに入ってからもこの狂宴は続いた。後輩もテントに入った気配がしたが、私のタープの下ではまだ馬鹿騒ぎが続いている。うるさくて眠れない。たしなめてやろうと思ったが、後輩の友人なので、そうもいかなかった。
自分の家に土足で上がりこまれた様な不快な夜だった。
朝になって愕然とした。昨日の宴会場となってしまった私たちの食卓は荒れに荒らされ、空き缶やどこから来たか良く解らない茶色い食べ残しが散乱している。何かをこぼした跡もそのままになっている。
後輩の奥さんは、最近このキャンプ場に来るとあの調子なんですよ、と疲れた顔を見せた。私の妻もここはもう来たくないと言った。息子も、昨日はうるさかったね、と目をこすっていた。
休み明けの月曜、また後輩が謝って来たので、あのキャンプ場はもう行きたくありません××さん、と皮肉った。××さんのブログには楽しい夜の様子が綴られていた。
Posted by epitaph at 14:52│Comments(0)